1.テスト期間 -詩織-
8時半になった。
仮に私のライフポイントの最大値を5000とするのなら、今は50ポイントしかないのではないだろうか。
眠気、体の痛み、焦燥感、それらが総合して引き算された結果、50という値が出たみたいだ。
これから来る数字の波の前に、頭の中が数字めいているみたい。普段からこんなことを考えながら生活をしているわけではないのに。
問題のその数学のテスト前、美貴ちゃんが私の机に来てくれた。美貴ちゃんは私の机の傍にちょこんと座り込んで、口を少しとがらせた。
「つー、昨日ライン見てないん?」
昨日は数式に頭を抱え、そのまま寝落ちしちゃったのだ。深夜まで三角関数との戦いを繰り広げていたが、眠気というコーナーに追い込まれてからノックアウトされるまでは一瞬だった。
「あっごめん、昨日相当追い込んでたから....」
LINEを開くと、確かに「平塚 美貴」からメッセージが来ている。内容は来週から始まる朝練の連絡だった。
「テスト終わったらすぐに朝練あるってヤバくない?ただでさえテストで寝不足やのに~」
目の前で美貴ちゃんが愚痴をこぼしているが、頭に浮かんだのはソフトボール顧問の怒っている顔だった。眉間に皺が寄り、大きく口を開いて憤る顧問の顔を頭から消すためにブンブンと頭を横に振る。
「つーもまた走り込みなんちゃうん?」
美貴ちゃんの問いに私は露骨に顔を歪ませた。ポジションごとに分かれての朝練はとてもきつい。ピッチャーを務めている私はひたすらの走り込みだ。
「また走り込みするのかあ、やだなぁ」
今まで数式が嫌だったのが一瞬にして、走り込みが嫌な頭に切り替わった。それほど骨身に沁みている証拠である。
「とりあえず、テスト乗り切らなあかんな~。朝練寝坊したら起こしてな」
私は美貴ちゃんのアラームでもあるのだ。合宿なんかだと私が横についてあげていないとまず朝起きれない。
私が美貴ちゃんの満更でもない冗談に微笑んでいると、後ろの席の寺川くんが美貴ちゃんに向かってニヤニヤしはじめた。
「俺がモーニングコールしてやろっか?」
大変だ。私のアラームの仕事が取られてしまう。
微笑んだまま、寺川くんに向き直って二人を比べるように見ていると美貴ちゃんが一蹴した。
「着信拒否しとく」
そのあまりの反応の速さに私が感銘を覚えた。
「いや、ひどすぎやろ!スヌーズ機能付きやで?」
なんてさらにおちゃらける寺川くん。関西の会話って感じだ。
「トリー、あんたのアラーム浮気してんでー」
鳥山くんにも話が広がって、私たちは縦で会話を楽しんだ。時刻は8時45分になろうとしている。